☆情報宝箱☆館長のお薦め本☆

☆AKIRA著『アジアに落ちる』(新潮社)☆


「その体験が夢か現実か、それよりも重要な事は、
−私たちは今、ここにいて、眼が覚めている−という事。
だけど、家に帰ってもっと大切な事をしなくてはならない。」
「それは何?」
「ファック。」
(スタンリー・キューブリック遺作『アイズ・ワイド・シャット』より)


今世紀最高の旅行記。いや、旅行記なんて生易しいもんじゃない、魂の彷徨の記録ですよ。「今、ここにいる事」をキーワードとして繰り広げられる、魂の彷徨。最近の漫画で言えば、しりあがり寿の『真夜中の弥次さん喜多さん』第二巻(マガジンハウス、本体価格950円)に相当する。

☆しりあがり寿の弥次喜多シリーズは、こういうホームページを見る様なタイプの人だったら読んでいると思いますが、一応説明しておきます。原作の『東海道中膝栗毛』と同様にホモ・カップルの弥次喜多の旅行記である。喜多さんは金髪碧眼で丁髷の美青年だが、ヤク中で常に夢と現をさ迷っている。それは、スウィートハートの弥次さんにとって頭痛の種でもあった。喜多さんのヤク中を治す為に「お伊勢さんに行けば誰もが幸せになれるんだ」と、弥次さんが切り出し、二人は旅立つのだが、東海道は、現実と幻覚、生と死が交錯する、上田秋成が書いた『オズの魔法使い』の如き世界であった。ドロシーは、じゃなかった、弥次喜多の二人は果たしてお伊勢さんに辿り着く事が出来るのだろうか?そして、二人の愛の行方は・・・?という話である。

その弥次喜多シリーズの最高の盛り上がりに匹敵するのが『アジアに落ちる』だ。世界には時に、シンクロニシティーという現象が起こる事がある。恐らく、AKIRAとしりあがり寿は、お互い知らぬ間にシンクロしたのであろう。
AKIRAの凄い所は、弥次喜多の二人分を一人で体験してきた事、そして、弥次喜多が二人の世界に閉じているのに対し、AKIRAは世界中に向かって開き続ける存在だ。さあ、ここで気になる事は、しりあがり作品がフィクションである(勿論、だからこそ偉大なんだけどね)のに対し、AKIRA作品はノンフィクションであり、数年前に当人が本当に体験した、現実に存在する「生と死の交錯」を描いていると言う相違点である。

母親が癌で死んだ事をきっかけに、「死って何だ?」と思ったAKIRAは、アジア各国の聖地を訪れる決心をする。たった一人の貧乏旅行だが、旅先では、得難い友人たちとの出会いが待っている。魂の家族とも言うべき、彼らのスケッチが見られるというのも粋なはからいだ。上海の阿片窟探検、中国からバスでチベットへの不法入国、高山病との闘い、『死者の書』のトランス・セッション、様々な宗教の聖者たちとの不思議な交流、何処を読んでも、ドキドキする事ばかり。何処を読んでも、胸を抉られる思いがする。そして最後には、意外で辛い落ちが待ち構えている。泣いたり笑ったり、AKIRAの壮絶な旅を追体験した後は、きっと貴方の世界観は、変わっている事だろう。

「生きてるって何?」「死んだらどうなるの?」
誰もが思春期までは必ず持っている、この素朴且つ深遠な疑問。それを知る術は未だに見つからず、大概の人は日常にかまけている内に忘れてしまうもの。大人になってもこの問題が気になる人のうち、正攻法で行く人は哲学者となり、非科学的(オカルトと言うべきか?)な方に吸い込まれてしまう人は新興宗教に行っちゃったりする。そのどちらにも行かなかった事こそ、「何でもアリ、みんなOK!」の人・AKIRAの器の大きさを証明している。小耳に挟んだ事だが、AKIRAはごく最近、アイヌに関する本を書き上げた所だと言う。また、近々ブラジルの歴史的なお祭りの取材に旅立つという事だ。書店で新しいAKIRAの本に出会える事をお楽しみに。


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